こんにちは、じょりじょりです。普段はラケットやガットのインプレを書いていますが、本業は薬剤師です。今回は、その本業の知識を生かした記事を書きます。
テーマは「テニス選手と市販薬のドーピング」です。
「ドーピングなんてプロの話でしょ?」と思うかもしれません。ですが、日本テニス協会(JTA)主催の全日本テニス選手権は、2026年の予選大会の開催要項でも「ドーピング・コントロール対象大会」と明記されています。エントリーした時点で、検査の対象になることに同意したとみなされる仕組みです。
そして、検査で引っかかる原因の多くは、筋肉増強剤のような「いかにも」な薬ではありません。風邪薬、鼻炎薬、漢方、のど飴、胃腸薬といった、ドラッグストアで普通に買える薬です。知らずに使って違反になることを「うっかりドーピング」と呼びます。
この記事では、テニスプレーヤーが特に気をつけたい市販薬を、薬剤師の目線でまとめました。JOPの大会に出る人、全日本予選や国スポを目指す人、そしてジュニアの保護者の方にも読んでほしい内容です。
結論:大会前にこれだけは自己判断で飲まない
先に結論です。次の薬は、大会前(とくに試合の前日から当日)に自己判断で使わないでください。
- 総合感冒薬(いわゆる風邪薬):エフェドリンやメチルエフェドリンが入っているものが多い
- 鼻炎の飲み薬:プソイドエフェドリンが入っているものが多い
- 麻黄(まおう)を含む漢方:葛根湯、麻黄湯、小青竜湯など
- のど飴・せき止め:南天実などの生薬に、禁止物質のヒゲナミンが含まれる
- 胃腸薬:ホミカ(ストリキニーネ)やチョウジ(ヒゲナミン)を含むものがある
- 滋養強壮薬・男性ホルモン入りの育毛剤:大会期間に関係なく「常に禁止」の成分を含むものがある
迷ったら、Global DRO JAPANで調べるか、スポーツファーマシストに聞くのが確実です。調べ方は記事の後半で説明します。
一般プレーヤーにも関係ある? テニスのドーピング検査
JTA主催の全日本テニス選手権は、本戦だけでなく予選大会も、日本アンチ・ドーピング規程に基づく検査の対象大会です。ジュニアの大会でも、同じ文言が開催要項に入っています。18歳未満の選手は、親権者の同意書を持参するよう求められています。
国民スポーツ大会(旧・国体)でも、JADAの規程に基づいて検査が行われます。どの競技のどの選手を検査するかは、事前に公表されません。
もちろん、地方のJOP大会で毎回検査があるわけではありません。ただ、上を目指していくと、検査のある大会に出るのは時間の問題です。そして検査の日だけ気をつければいい、という話でもありません。普段の習慣で使っている薬が、そのまま違反の原因になるからです。
「知らなかった」は通用しない:トップ選手の事例
アンチ・ドーピングには「厳格責任」という原則があります。体から禁止物質が出たら、わざとかどうかに関係なく、選手本人の責任になります。テニス界でも、意図しない摂取で処分を受けたトップ選手がいます。
ヤニック・シナー(クロステボル)
2024年3月、シナー選手の検体から蛋白同化薬のクロステボルが2回検出されました。原因は、チームのフィジオ(理学療法士)が自分の指の傷に使っていた市販のスプレーです。そのスプレーにクロステボルが含まれており、フィジオが手袋をせずにマッサージをしたことで、シナー選手の体に移ったとされています。
最初の審理では「過失なし」とされましたが、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)が不服を申し立てました。最終的には、故意ではないと認められたうえで、3か月の資格停止で合意しています(2025年2月〜5月)。
イガ・シフィオンテク(トリメタジジン)
2024年8月、シフィオンテク選手の検体から、心臓の薬であるトリメタジジンが検出されました。原因は、時差ぼけと睡眠のために飲んでいたメラトニンの製品です。ポーランドで一般用の医薬品として売られていたもので、その製品に微量のトリメタジジンが混入していました。
未開封の製品からも同じ物質が見つかり、過失はごく軽いと判断されました。それでも、資格停止1か月の処分になっています。
2人とも「自分では禁止物質を使っていない」のに、処分を受けています。選手が自分の口や体に入るものすべてに責任を持つ、というのがルールの前提です。
まず知っておきたい「競技会時」と「常に禁止」
禁止物質には、大きく分けて2種類あります。
| 区分 | いつ禁止? | 市販薬に関係する主な例 |
|---|---|---|
| 常に禁止 | 試合の日も、それ以外の日も | 蛋白同化薬(男性ホルモンなど)、ベータ2作用薬(ヒゲナミンなど) |
| 競技会時に禁止 | 試合の前日の23時59分から、試合と検体採取が終わるまで | 興奮薬(エフェドリン類、ストリキニーネ)、糖質コルチコイド(飲み薬・注射など)、麻薬(トラマドールなど) |
ここで注意したいのが、「競技会時に禁止」の薬です。「試合の前日に飲むのをやめれば大丈夫」とは限りません。薬が体から抜けるまでには時間がかかるので、数日前に飲んだ薬が試合当日の検査で見つかることもあります。
なお、エフェドリンとメチルエフェドリンは尿1mLあたり10マイクログラム、プソイドエフェドリンは150マイクログラムを超えると違反になる、という基準があります。ただし、この数字を目安に「少しなら大丈夫」と考えるのは危険です。体質や飲んだタイミングで濃度は大きく変わります。大会が近い時期は、そもそも使わないのが正解です。
カテゴリ別:テニス選手が気をつけたい市販薬
JADA(日本アンチ・ドーピング機構)などの資料をもとに、市販薬で注意が必要なものを一覧にしました。
| 薬の種類 | 注意する成分・生薬 | 禁止の区分 |
|---|---|---|
| 総合感冒薬(風邪薬) | エフェドリン、メチルエフェドリン、麻黄 | 競技会時 |
| 鼻炎の飲み薬 | プソイドエフェドリン、メチルエフェドリン | 競技会時 |
| せき止め・のど飴 | トリメトキノール、メトキシフェナミン、南天実(ヒゲナミン) | 常に禁止のものを含む |
| 漢方薬 | 麻黄(エフェドリン類)、附子・細辛・丁子・呉茱萸・南天実(ヒゲナミン) | 競技会時/常に禁止 |
| 胃腸薬 | ホミカ(ストリキニーネ)、チョウジ(ヒゲナミン) | 競技会時/常に禁止 |
| 便秘薬 | 麻黄を含む漢方(防風通聖散など) | 競技会時 |
| 滋養強壮薬 | テストステロン類、海狗腎、麝香、鹿茸、ホミカ | 常に禁止のものを含む |
| 育毛剤(塗り薬) | 男性ホルモンを含むもの | 常に禁止 |
| 口内炎の薬 | 糖質コルチコイド(ステロイド) | 競技会時 |
| 痔の薬 | メチルエフェドリン、ステロイドの坐薬(肛門周囲に塗るものは可) | 競技会時 |
※商品によって成分は違います。同じシリーズ名でも、配合が違う商品があるので、必ず個別に確認してください。
風邪薬・鼻炎薬:いちばん多い「うっかり」
市販の総合感冒薬には、鼻づまりやせきを抑える目的で、エフェドリン類がよく配合されています。家にあった風邪薬や、チームメイトが親切にくれた薬を飲んでしまう、というのが典型的なパターンです。
鼻炎の飲み薬も同じです。花粉の季節に大会が重なる人は、早めに対策を考えておきましょう。
漢方:「自然由来だから安心」は間違い
薬剤師として一番伝えたいのがここです。漢方は「体にやさしい」というイメージがありますが、ドーピングの面では一番やっかいな薬です。
- 麻黄にはエフェドリン類が含まれます。葛根湯、麻黄湯、小青竜湯、葛根湯加川芎辛夷、麻杏甘石湯、防風通聖散などに入っています。
- 附子・細辛・丁子・呉茱萸・南天実には、ベータ2作用薬として常に禁止されるヒゲナミンが含まれます。
- 半夏にも、微量ですがエフェドリン類が含まれます。
- 同じ名前の漢方でも、メーカーや原料の産地、収穫時期で成分が変わります。
さらに、漢方は治療使用特例(TUE。あとで説明します)の申請ができません。TUEは物質ごとに申請する制度で、「葛根湯」のような処方名では申請できないからです。また、漢方の代わりになる治療がほかにあることが多く、そもそも許可の基準を満たさない、というのがJADAの見解です。
ちなみに、試合で足がつったときによく使われる芍薬甘草湯は、芍薬と甘草の2つの生薬でできていて、麻黄やヒゲナミンを含む生薬は入っていません。ただ、生薬には分かっていない成分もあるため、「禁止物質を含まないとは保証できない」というのが薬剤師向けの資料の立場です。大会前に使うなら、事前にスポーツファーマシストに確認しておきましょう。
のど飴:医薬品ののど飴は要注意
せきや喉の痛みに効く「医薬品ののど飴」には、南天実や丁子などの生薬が入っているものがあります。これらにはヒゲナミンが含まれ、試合の日に関係なく常に禁止です。
2017年にヒゲナミンが禁止物質に加わったとき、卓球協会などが「のど飴に注意」とわざわざ呼びかけたほどです。お菓子ののど飴と医薬品ののど飴は、パッケージの「第○類医薬品」の表示で見分けられます。
胃腸薬・滋養強壮薬:意外な落とし穴
胃腸薬には、ホミカ(興奮薬のストリキニーネを含む)やチョウジ(ヒゲナミンを含む)が配合されているものがあります。「試合前で緊張して胃が痛いから」と飲むと危険です。
滋養強壮薬やドリンク剤の中には、男性ホルモンやその関連成分を含むものがあります。こちらは試合の日に関係なく常に禁止です。普段から使わないようにしましょう。
テニスで使うことが多い薬はどう?
痛み止め(テニス肘・手首・膝の痛み)
- ロキソプロフェン、イブプロフェン、アセトアミノフェンなどの解熱鎮痛薬は、禁止物質ではありません。ただし、風邪薬のように別の成分が混ざった配合剤は、成分を確認してください。
- 湿布や塗り薬(ロキソプロフェン、ジクロフェナク、フェルビナク、インドメタシンなど)も、禁止物質ではありません。
- 処方薬のトラマドール(強めの痛み止め)は、2024年から競技会時に禁止されました。病院で痛み止めをもらうときは、大会に出ることを医師や薬剤師に伝えてください。
ステロイド注射(テニス肘の注射など)
テニス肘などで、整形外科でステロイドの注射を受けることがあります。糖質コルチコイドは、注射や飲み薬で使うと競技会時に禁止です。
2026年の禁止表では、効果が長く続くタイプの製剤に特に注意するよう強調されました。こうした製剤は体に長く残るため、注射から時間がたっていても、試合当日の検査で陽性になることがあります。注射を受けるときは、次の大会の日程を必ず医師に伝えてください。
一方で、皮膚に塗るステロイドの軟膏は使って大丈夫です。
喘息の吸入薬
喘息の吸入薬には、決められた量の範囲なら使えるものと、TUEが必要なものがあります。2026年からは、サルメテロールに「8時間で100マイクログラムまで」という制限が新しく加わりました(24時間で200マイクログラムまでという上限は従来どおりです)。発作のときに続けて吸入すると、知らないうちに上限を超えるおそれがあります。吸入薬を使っている人は、主治医とスポーツファーマシストに一度相談しておきましょう。
目薬・点鼻薬
充血を取る目薬や、鼻づまりの点鼻薬に入っている血管収縮剤(ナファゾリン、テトラヒドロゾリンなど)は、目や鼻に使う分には認められています。ただし、何度も大量に使うと体に吸収されて、違反を疑われる可能性があります。点鼻薬は使い続けると、かえって鼻づまりがひどくなることもあります。
サプリメントはもっと要注意
シフィオンテク選手の例のように、サプリメントや海外の製品には、表示されていない禁止物質が混ざっていることがあります。2026年の禁止表でも、脂肪燃焼や代謝をうたう成分がいくつか新たに追加されました。
そして、後で紹介するGlobal DROは、サプリメントの検索には対応していません。サプリは「調べたから安全」とは言えないものだと考えてください。使うなら、アンチ・ドーピングの認証を受けた製品を選び、できるだけ種類を絞りましょう。
使っていい薬かを調べる方法
1. Global DRO JAPANで検索する
Global DROは、商品名や成分名から、その薬が禁止物質を含むかどうかを調べられるサイトです。日本の医薬品も検索できます。JADAが参加していて、スマホからも使えます。
競技会時と競技会外、それぞれで使えるかどうかがわかるので、大会前にサッと確認するのに便利です。
2. スポーツファーマシストに聞く
公認スポーツファーマシストは、JADAが認定するアンチ・ドーピングの専門知識を持った薬剤師です。JADAと日本薬剤師会が2009年に作った、世界で初めての制度です。
JADAのサイトから、近くのスポーツファーマシストを探せます。また、都道府県の薬剤師会には、アンチ・ドーピングの相談窓口(ホットライン)を設けているところもあります。
3. 処方薬はTUEを確認する
持病の治療で、どうしても禁止物質を使う必要がある場合は、「治療使用特例(TUE)」という手続きがあります。事前に申請して認められれば、その薬を使うことができます。自分が申請の対象になるかどうかは、出る大会のレベルによって変わるので、JADAのサイトか所属団体で確認してください。
なお、禁止表は毎年1月1日に更新されます。去年大丈夫だった薬が、今年は禁止になっていることもあります。調べるときは、必ずその年の最新情報で確認してください。
大会前のチェックリスト
- 家の薬箱の風邪薬・鼻炎薬・漢方を、大会前に使わないものとして分けておく
- いま飲んでいる薬とサプリを、Global DROや薬剤師に確認しておく
- 病院にかかるときは「大会に出ている」と伝える(注射や痛み止めは特に)
- 人からもらった薬は飲まない
- のど飴は、医薬品かどうかをパッケージで確認する
- 大会中に風邪をひいたら、自己判断せず薬剤師に相談する
- ジュニアの場合は、保護者とコーチもこのリストを共有する
まとめ
ドーピングは、わざと薬を使う人だけの問題ではありません。風邪薬や漢方、のど飴のような身近な薬でも、違反になることがあります。そして、世界のトップ選手ですら「知らなかった」では済まされませんでした。
大事なのは、次の3つです。
- 大会前は、風邪薬・鼻炎薬・漢方を自己判断で使わない
- 迷ったら、Global DROで調べるか、スポーツファーマシストに聞く
- 禁止表は毎年変わるので、最新の情報で確認する
せっかく練習してきた大会を、薬1つで台無しにしないようにしましょう。
※この記事は、2026年の禁止表をもとにした一般的な情報です。個別の薬の可否は、必ずGlobal DROや医師・薬剤師に確認してください。また、処方された薬を自己判断でやめるのは危険です。必ず主治医に相談してください。
参考資料
- 2026年禁止表国際基準の主な変更点について(全日本剣道連盟、WADA・JADAの発表をもとに作成)
- 特に気をつけたい要指導医薬品・一般用医薬品(国スポ向けアンチ・ドーピングガイドブック2026より)
- 全日本テニス選手権101st 予選大会 開催要項(日本テニス協会)
- The 2026 Prohibited List: Summary of Changes(UK Anti-Doping)
- 2024年禁止表国際基準(JADA、閾値・競技会時の定義・ステロイドの投与経路)
- 生薬・漢方とドーピングに関する解説(東京生薬協会)
- JADA クリーンスポーツ・アスリートサイト
- Global DRO
- Jannik Sinner banned for three months after reaching settlement with WADA(Tennis Majors)
- Tennis champion Iga Swiatek accepts one-month suspension in doping case(NBC)
- のど飴とヒゲナミンに関する報道(J-CAST)
この記事を書いた人:じょりじょり
薬剤師。JOPに挑戦しながら、ラケットとガットを試打してレビューしています。


